Kenji Ogusu. 小楠健志。映画監督。世界各国の映画祭で70以上の賞を受賞。元総合格闘技修斗世界2位。ブラジリアン柔術アジア大会優勝。黒帯。全国組織NPOジコサポ日本理事長。ALL WIN Media、メンタルジムThe Change代表。治療家でもある。著書29冊,写真集7冊。Amazon Primeビデオ,Udemy,YouTubeでも発信中。
小楠健志
■映画監督
■ 元総合格闘技修斗世界2位
■ ブラジリアン柔術アジア大会優勝
■ NPO法人ジコサポ日本理事長
■メンタルジムThe Change代表
■ALL WIN Media代表
■治療家でもある
■著書28冊
wikipedia Japan「小楠健志」
wikipedia USA「Kenji Ogusu」
history
1971年(昭和46年)静岡県浜松市に生まれる
格闘家として歩みだし世界ランカーに
1990年(平成2年)総合格闘技プロ修斗としてデビュー
1992年(平成2年)3月27日後楽園ホール、対安藤俊夫戦。
総合格闘技史上世界初のフライ級の試合
ここからUFC、世界へと広がる総合格闘技世界フライ級の歴史はこの試合から始まった。
この時は、まさか総合格闘技がここまで世界に普及をするとは誰も思いませんでした。
そこへとつながる世界で初めての試合が自分だとは、思いもよりませんでした。
アメリカのこちらのサイトに世界最初の試合から現在までのフライ級の歴史があります
佐山サトル先生のシューティング合宿に参加
動画の中に19歳の僕が出てきます。今でも僕を支えているのは、佐山先生の教えです。
今の自分があるのはシューティング(現;修斗)のおかげです。
僕の根底にあるものは、佐山先生に身を持って教えてもらった「アドレナリンの出し方」
「恐怖」です。これが僕の根底にある支えです。
1993年(平成4年)総合格闘技プロシュート世界フェザー級2位にランクインされる
デビュー戦(鈴木マサト戦)で唯一の黒星を喫す。それ以降は無敗のまま後楽園ホールを主戦場として戦績を積んでいく。レスリング全米選手権優勝木口宣昭氏、元修斗世界チャンピオン奇人朝日昇氏に師事。五味隆典、山本キッド、佐藤ルミナ等強豪選手を多数輩出した「総合格闘技木口道場」に所属。
(右の写真の中に小学生だった山本聖子も大学生だった佐藤ルミナ、オリンピックにも出場した笹本が写っています。)
木口宣昭先生、朝日昇さんが僕の一生の師匠です。
二人の師匠に教えていただいたことを、今でも守っているだけです。
この時代の「木口道場」に所属をしたこと、シューティング(現;修斗)をしたこと。
これが今でも僕の誇りです。
それが今でも、僕を支えています。
1996年(平成8年)~自転車競技に参戦、マウンテンバイク全日本に出場し全国を転戦す。
この時も早朝から暗くなるまでとにかく、自転車に乗っていました。
自然の中を走り回り、移動をすることが練習で、全国を旅をしながら転戦をする。
転戦中はテントとシュラフとランプで自然の中で生活をする。
今と同じ生活ですが、ここが原点だったと思います。
格闘家から教える立場へ
2001年(平成13年)K.O.SHOOTO GYM開設
格闘家から教える立場に転身した小楠は、総合格闘技&柔術 K.O.SHOOTO GYM開設し、強豪選手を多数輩出していく。女性や子供たちへ格闘技の素晴らしさを広めていく。
この道場は本当に全てを自分でやりました。
ここが、起業の原点です。
GYMを開設する前にまる3年、武道館を借りて格闘技教室を週二回行っていました。
場所探しから、壁も天井もない物件を自分で全て直し、マットもひき完全に完成するまで2年間くらいかかっと思います。
そして、ポスターを各企業さんに貼ってもらい、HPを開設し、ブログがない時からブログをし、この時に培ったスキルが今でも原点になっています。
1年で生徒が100人以上となり県外から通う会員さんもいました。
2002年(平成14年)~2004年(平成16年)ブラジリアン柔術全日本に参戦
2002年ブラジリアン柔術全日本優勝
2004年ブラジリアン柔術全日本2度目の優勝
この時は、寝ても覚めても柔術のことを考えていました。とにかくいろんなところに出稽古に行き、本を読み、DVDを見ていました。
柔術は考えるということが多いスポーツです。
それが、自分に合っていたのだと思います。
数少ない黒帯になれたことは、僕の誇りです。
教える立場から守る側へ
2004年(平成16年)けいおう整骨院開院
2006年(平成18年)おぐすバランス整骨院開院
格闘技を通し体のこと、体の動かし方を学び体を守る側「けいおう整骨院」(K.O.SHOOTO GYM内)を開院する。ここではアスリートのパフォーマンスアップ、格闘家としての減量の経験を生かし減量指導、体のメンテナンスを主に指導。天才の体の動かし方「正しい体の動かし方」を確立、提唱する。日本一交通事故患者さんを診たおぐすバランス整骨院(浜松市南区)を開院する。ここでは6年間地域医療に貢献する。
起業家へ歩みだす
2006年(平成18年)株式会社 K.O.設立
2001年からはじめたGYM、2004年、2006年開院したけいおう整骨院、おぐすバランス整骨院を法人化する。クリエイターとしてより大きなフィールドでクリエイトしていくことを決意する。
2006年(平成18年)第1回ブラジリアン柔術アジア大会優勝
2007年(平成19年)ブラジリアン柔術大会パンアメリカ3位(世界三大大会)
格闘家としての人生に自ら終止符を打つ柔術家としてトレーニングを積み、後進の指導のためにもプロ選手と一緒に練習を行った「おぐす」が再度「プロ総合格闘家」としての再起を決意する。
弟子のプロデビューもあり、一緒にトレーニングをしたりスパーリングをしたりとしてきたため、かなりパフォーマンスも高かったため、協会にプロライセンスの再発行を申し出ました。
協会からは「再発行は出来ないが、予選無しでアマチュア全日本選手権に出場し優勝すればプロライセンスを発行する」とのことでした。
おぐすはその日の18時に申し込みをし、その日の20時頃スパーリング中顔面に膝蹴りが入り「眼窩底骨折」即、入院となり。 この時に格闘技からの引退を決意しました。
日本中の人の役に立ちたい
2009年(平成21年)交通事故サポート会浜松 設立
交通事故患者が小楠のもとに来院しだす。そして日本一の交通事故患者症例数を達成、さらに症例数の更新を現在も続けている。
2012年(平成24年)NPO法人交通事故と労災をサポートする会 設立
より全国にいる交通事故に合われた方の悩みにお応えしたい。ただ「おぐす」が一人でいくら頑張っても北海道や沖縄から相談に来ることはありませんし、対応してあげることも事実上不可能でした。
そのため全国にいる専門家が立ち上がりNPO全国組織として救済活動をしていく事により全国の皆様に対応できるのではないかと気が付き任意団体ジコサポ浜松からNPO法人ジコサポ日本に改名・組織変更し全国に対応できるよう現在も支部を増やしています。
2013年(平成25年)日本初となる交通事故専門
ジコサポ保険整骨院を開院
日本一救済した実績を元にジコサポ保険整骨院をNPOジコサポ日本モデル第1号院として開院。
交通事故被害者救済のため全国にこのモデルを広げていこくとを決意する。
2013年(平成25年)日本初の交通事故専門資格「交通事故専門士」を記者発表(浜松市役所):NPO法人ジコサポ日本
全国の交通事故被害者救済のためには、交通事故のプロフェッショナルである、人材の配置が必要だと痛感。
交通事故の知識を教えてもらえる教育機関はあるでしょうか?ありません。
また、医師や治療に携わる方々の国家試験にも交通事故のことは出てきません。
一般の方々が交通事故のことを習う機会はあるでしょうか?
どれもありません。
それなので、私自身も本を読んだり実戦でと手探りで、学んでいきました。
それなので、専門家はじめ一般の方が引いては国民全員がこの知識を共有することが必要だと感じました。
そういった経験の中から生まれたのが、日本初の交通事故対応資格「交通事故専門士」です。
NPO法人ジコサポ日本から生まれました。
杉尾弁護士監修の元、日本初の交通事故専門資格「交通事故専門士」を記者発表し、TV、ニュース、新聞で取り上げられる。静岡あさひテレビで交通事故専門士特集(15分)
2014年4月 ジコサポ 彦根支部設立について発表
世界中の人々へのメッセージ役
2013年(平成25年)空中思想論発表……現在に至る
交通事故患者が小楠のもとに来院しだす。そして日本一の交通事故患者症例数を達成、さらに症例数の更新を現在も続けている。
全く違う業界においてトップに立ってきました。
それは「楽しかった」という一言では言いきれないものがあります。
目標を持って、コツコツやってとか、それでは「空」までたどり着けません。
「空」という概念を持って「空中」からはじめていくこと。みんな天才なんだ。
何も変えなくていい、そのままでいいんだ。
成功や幸せを目指すよりも「天才」になった方が早い。
これを皆さんと共有出来たらというのが「空中思想」です。そして空中思想は成功や幸せになるための法則でもあり、ビジネスにも応用出来る考え方です。
2014年(平成26年)
著書「黄金のボタン」を出版。達成したいことにおいて最初に掛けるべき第1ボタンとは何かをお伝えし、Amazonランキング1位を獲得する。著書「与える力」が発表ご10ヶ月で48,000冊全国で配布達成。Amazonでも販売を開始。
2015年(平成27年)
対談シリーズDVDを発表する。5月,シリーズ第一弾となる「名古屋から世界に飛び跳った人達~ビジネスで世界へ 格闘技で世界へ~」を販売開始し、出版を記念パーティーを名古屋にて開催する。
UFC等の世界に選手を輩出している、総合格闘技道場ALIVE鈴木陽一氏との対談DVDです。
2016年(平成28年)
2月、対談シリーズ第三弾となる「日本で40人しかいない職業に就く方法「今を生きる」Jリーガーと指導者たちの戦場で今、伝えたいこと」を電子書籍にて出版。
J2 ロアッソ熊本ゴールキーパーコーチ 澤村公康氏との対談となります。
どうしてこのポジションにいられるのか?
言葉で伝えることの大切さ。
キーパーはしゃべる仕事であること。
抽象度が勝負を決める。
キーパーは将棋指しみたいなもの。
3月、著書:原理原則シリーズ1「幸せな天才になる方法」を出版
空中思想の解説書でもあります。
幸せになりたい人、成功したい人はこの本を読まないで下さい。
あなたはそのままでいて下さい。
あなたは、あなたのままでいて下さい。
6月、書籍第4ビジネスメソッドをAmazonにて発売。
第4ビジネスメソッド研究所:第4ビジネスメソッド研究所は、社会を良くしながら、ソーシャルビジネスをしていく社会起業家に教材、動画配信、書籍、ワークショップ、セミナー、コンサルティングを創造し提供していきます。
7月、コラボカー「ジコサポ smart カー」を完成させる。
メルセデスベンツ浜松南・日本赤十字社・Jリーグ藤枝MyFc・NPO法人ジコサポ日本とのコラボカーを完成させる。
8月、抽象度シリーズ①「脳神経科医と思想家が語る幸せになる方法 能力Upはいらない・高次脳機能障害治療の最前線の中でみえてきたこと」
Amazonランキング1位を獲得する。
深川和利医師と小楠との共著
8月、交通事故 むち打ち・頭部ガイドブック発表記者会見
NPO法人ジコサポ日本から「交通事故 むち打ち・頭部ガイドブック」を浜松市役所にて発表させていただきました。
著者の安芸泰弘先生とお話をさせていただきました。
中日新聞に掲載されました
9月、交通事故 むち打ち・頭部ガイドブック講習会「脳神経科医が語る幸せになる方法 能力UPはいらない 交通事故の後遺症である高次脳機能障害治療の患者さんを診ながらみえてきたこと。」をジコサポが開催。
「幸せになる方法」とガイドブックの著者である深川和利医師が講演を行う。
プライベートメンタルジム The Changeとは?
The Changeへの想い その1
The Changeへの想い その2
2017年(平成29年)
2月
抽象度シリーズ⑤
思想家とビジネスコンサルタントが語る
手にした人だけが次の時代に行ける「ビジネスメソッド」
伊藤予應氏との対談を書籍化しました。
Amazon1位を獲得
2016.2.18に出版記念パーティーを行いました。
皆さまお越し頂きありがとうございます。
3月
抽象度シリーズ⑥
思想家とパーソナル・トレーナーが語る
手にした人だけが次の時代に行ける抽象思考法
佐々木豊氏との対談を書籍化させていただきました。
出版記念パーティーにもたくさんの方々にご参加をいただき、誠にありがとうございました。
Amazon1位を獲得
4月
1年で100店舗作った原理原則 を
Amazonビデオ、DVD、YouTubuにて発表す。
7月
出版記念講演会で、選択>努力のお話をさせていただきました
産経新聞さんに「成功のポジショニング」を掲載していただきました。
9月
抽象度シリーズ7
【サッカー日本代表候補に選出される方法】を発表す
プロゴールキーパーコーチ澤村公康氏と思想家小楠健志との対談を書籍化しました
日本代表合宿にも選出されたシュミット・ダニエル選手と小楠との対談も巻末に掲載されております
10月2日 熊本大津で出版記念講演会を行いました